黒髪山系の植物 〜不知火書房〜

 山道で一休みしているとき、通りすがりの人に「花の名前」など植物についてたずねられることがある。近年、このような植物に興味、関心を持った人たちに出会う機会が多くなった。そんなことで、身近な植物をやさしく解説した図鑑などの必要性を、つねづね感じていたところ、松尾優さんから素晴しい原稿を送っていただいた。
 松尾さんは歯科医師の傍ら、自宅からさほど遠くない黒髪山をはじめ、青螺山など周辺の山野に見られる動植物の名前調べと写真撮影に没頭され、これまでに得られた多岐にわたる調査の成果を『黒髪山系の植物』として上梓されることになった。
 本書は、植物については全くの素人からスタートした著者が、10数年来、黒髪山系の豊かな自然にどっぷりとつかり、郷土の生き物たち、とりわけ植物相の解明のために、山路はもとより、難所や獣道など、道なき道を縦横無尽に歩かれた生々しい記録である。
植物の同定作業は、多くの先達に支えられる中、先ずは弧畳を守る思いで、ひたすら図鑑と首っ引きで進められ、しかも自らの足で稼いだ植物だけに、掲載種の特徴や生育環境、名前の由来などは、板に付いた解説となり、わかりやすく温もりがある。さらに自然や植物への理解を深め、この山系に親しんでいただけることを願って「気楽に読める図鑑風な本にしたい」という著者の思いが、随所に込められている。黒髪山系の植物を綺麗な写真入りで、わかりやすく解説した本書は、まさに初心者、経験者を問わず、多くの人に役立つ比類のない郷土の植物図鑑である。
 偉大な植物学者、牧野富太郎博士が「黒髪山は鎮西植物の大宝庫」と讃えられたように、この山系は植物相の豊かさは佐賀県内随一で、日本で初めて発見されたものとして、カネコシダ、ヒレフリカラマツ、クロカミラン、クロカミシライトソウ、ヤツガシラなど、また九州や全国的に分布が希な、ガンピ、ツクシトウキ、ニシノハマカンゾウ、ベニオグラコウホネなどが生育する。
 本書には、これらの希少種をはじめ、黒髪山系では生育記録がなく、著者が新たに確認されたものとして、サイゴクホングウシダ、シナミズニラ、ツクシクロイヌノヒゲなど県内で絶滅が危惧されるものを含む約150種が掲載されている。その中で、ムカゴトンボ、ジガバチソウ、ツクシイバラ、イヌナチクジャクなどは、現時点ではこの山系が、県内唯一の産地であり、これらの発見は特筆に値する。その他、普通に見られる植物を合わせると、この山系での総確認数は700種類以上に達し、著者の蘊蓄のほどが窺われる。
 松尾さんは、黒髪山系の美しい自然に魅せられ、持前の鋭い観察と旺盛な行動力で、この山系の植物相を一層明らかにされた。行く手を阻む難所を克服し、自らの夢に立ち向かった只一筋の執念と多大の成果に心から敬意を表したい。そして本書がひとりでも多くの人に読まれ、黒髪山系の植物を通して自然に親しみ、自然を大切にする心情が大きなうねりとなっていくのを期待する。
          
佐賀県科学団体連絡会会長 岩 村 政 浩

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