黒髪山系の概要      

地理的なもの

 黒髪山系は佐賀県西部の伊万里市武雄市有田町にまたがり、南北に6km、東西に5km程度の比較的狭く低い山系である。その主峰は黒髪山(標高521m)である。

この山系は北端の孤立峰である腰岳(標高488m)にはじまり、越の峠を間に、南には長い尾根筋を持つ牧山(標高553m)、牧U峰(標高563m 古くは「青牧山」と呼んだ)と続く。その西には、有田川の流れを遮るような唐船山(標高86m)がぽつんとある。

牧山から南東には、青牧峠を間に、この山系では最高峰の青螺山(標高618m)がある。その東にはかつて三角点のあった一番峠(標高599m)がある。そこから北東に下ると山ん城(江戸時代の伊能忠敬の古地図では、ここを「大川内山」と呼んでいる)がある。

青螺山から南には、青螺御前(標高521m 前青螺とも呼ぶ)があり、雄岩雌岩などの岩峰群と見返峠を挟むように、黒髪山がある。その西には蛇焼山があり、後の平を越えて、双耳峰の後黒髪山(標高463m)がある。

黒髪山の南には長い遊歩道を山頂まで備えた前黒髪山(標高486m 別名・本城岳)があり、そこから南西に長く伸びる尾根上に英山(標高約450m)があり、さらに下って進んだ突端の岩場が英岩(標高350m)である。

この連綿と続く山々の東側の県道を挟んで台形状の小高い山が黒岳(標高368m)である。これらを合わせて私は黒髪山系と呼んでいる。

水系としては、山系の東側は有田川、北東部は伊万里川として伊万里湾に注ぐ。南東部は松浦川の源流であり、唐津湾に注ぐ。

山系の成立過程

 地質学的な観点から、黒髪山系の火山としての成り立ちは、三段階の造山過程を経て、大まかに三種の火成岩によって成り立っている。

 基盤は新生代第三紀の堆積岩の佐世保層である。そこにまず腰岳辺りが噴火し、佐賀・長崎県境に横たわる国見山系と同じ玄武岩層を広い範囲に形成した。その後、有田町南部からの噴火により、黒髪山や前黒髪山、英山などに見られる有田流紋岩が上から広範囲に覆うことになる。最後は第四紀洪積世に、青螺山や黒岳、牧山辺りの噴火によって、乳待坊から龍門洞、牧山西部の鍋島藩牧場跡を結ぶラインより北東部の伊万里安山岩が比較的狭い範囲に出来上がったものと推測される。

 この推測の根拠は、越の峠東側や有田町広瀬山、大川内岩谷の各採石場などで二層ないし三層の露出した厚い岩盤で確認できる。最下層の玄武岩、その上に流紋岩が重なっている。さらにその上に安山岩の層が狭い範囲に乗ることになる。

 このような火山活動の中で、沈降し、海底となり、新たな堆積層を作ったり、浸食を受けたりしたのち、再度隆起して、現状のような山容になったものと思われる。

          
  黒髪山 天童岩     青螺山と龍門屏風岩         英岩

地質に関して

 上述の三種の火成岩はシリカ(二酸化珪素)の含有量によって区分されるが、外観上も流紋岩は安山岩や玄武岩より白っぽいので分かりやすい。

<安山岩>

黒髪山系を象徴する乳待坊の屏風岩、雄岩雌岩、龍門の屏風岩などはすべて安山岩類である。衝立岩、瀬戸の滝、大川内岩屋の屏風岩、黒岳なども同様の安山岩質の溶結凝灰角礫岩であり、溶岩の粘性が高いことにより尖った岩峰群や屏風岩を形成している。また、この山系で見られる多くの洞窟は硬い安山岩の下の流紋岩や堆積岩が浸食されたことによって出来ており、およそ標高150200mに集中している。

<流紋岩>

 黒髪山から英山方面の表層部は、流紋岩により成り立っている。黒髪山山頂の天童岩はその岩脈であるといわれる。また、この山系の陶石は流紋岩が熱作用を受けてできたもので、有田の泉山、白川谷、龍門、大川内山などに広く分布する。陶石は周辺の主要な地場産業である陶磁器業の原材料である。

<玄武岩>

玄武岩は堆積岩の基盤層の上に広範囲に分布する。腰岳は山頂部の狭い範囲の流紋岩を除くとほとんどが玄武岩である。この山系の玄武岩には六角形をした柱状節理がしばしば見られる。溶岩の冷却のされ方によって起こる現象であるが、大川内山の岳神社から大川内山キャンプ場周辺には大規模で見事な柱状節理がある。

<腰岳の黒曜石>

 黒曜石は黒い光沢があり、硬いガラス質の岩石である。高温の流紋岩の溶岩が小さな火山弾として空中に放出され、急冷することで結晶を作らず、ガラス質のまま固まって散乱したのが黒曜石である。縄文時代より「ヤジリ」などの石器として利用された。西日本や朝鮮半島の遺跡から出土する黒曜石のほとんどが腰岳産であるといわれる。

<凝灰岩>

龍門の渓流に境目のないなだらかな美しい川床などが見られる。これが凝灰岩である。火山の噴出によって発生した火山灰の堆積によって出来たものである。他にも各所で見られる。

<堆積岩>

この山系には標高の高いところでもいたるところに堆積岩の砂岩層が見られる。例えば大川内山の岳神社にも、青牧山直下の大滝の近くにも砂岩層が見られる。このことから考えても、黒髪山系の形成の過程の中で、複雑な造山活動の間に水没と隆起を繰り返したことが想像できる。

           
   衝立岩(左)と蟹岩(右)      岳神社         青螺山と雄岩雌岩

自然景観に関して

 上記に述べた地質の特質から、この山系には、多くの岩場や岩峰群が見られる。その代表格は何といっても、雄岩雌岩とそれに続く屏風岩である。また、衝立岩、英岩、三ッ岩、天童岩などの岩峰も見られる。岩屋、大川内山、龍門、牧山、後黒髪などの屏風岩も美しい景観を持つ。さらに、水量はさほど無いもののいくつもの滝がある。龍門洞のそばの「龍門の滝」、龍門ダムサイトの「大落しの滝」、「鉤の滝」、牧山西側の「瀬戸の滝」、青牧山直下の「大滝」、腰岳健康の森の下の「深底の滝」、岳神社の「青螺の滝」なども、雨水時や雨上がりには素晴しい景観を持つ。

          
   龍門の滝             大落しの滝            瀬戸の滝

動物に関して

<哺乳類>

ニホンザルは時折姿を現すが、群れを作って生息している様子はない。イノシシは相当数の生息があるものと思われる。数頭単位で群れを作っている。あまり人の通らない山中では必ずと言っていいほど出会う。登山道の脇を耕したようにしているのはイノシシの仕業である。ミミズを探した跡であろう。各所にイノシシが体のダニなどを落とすヌタ場も多い。他には、タヌキ、ノウサギを見かける程度である。

 

  
イノシシ (龍門)

<両生類>

カスミサンショウウオは、まだある程度の数が棲息するようである。近年でもしばしば人里近くで確認されている。龍門の渓流ではカジカガエルの鳴き声がしばしば聞かれる。

  

カスミサンショウウオ(多久)

<爬虫類>

 マムシは決して少なくない。登山道や林縁で見かける。注意したい。

<淡水魚類>

タカハヤは体長58cmのものが、龍門の渓流などに多く生息している。アカショウビンなどの餌になっているものと思われる。トウヨシノボリも小さな沢で見られる。

  

 タカハヤ(龍門渓流)

<野鳥>

黒髪山は野鳥の観察ポイントとしても有名である。

特にオオルリやウグイスの透きとおった清らかな「さえずり」は、山系のいたるところで聞くことができる。日本の三鳴鳥(もうひとつの、コマドリのさえずりは、この山系では、聞いたことがない)の二つを聞くことが出来る。

さらに、希少な野鳥としては、姿が美しいヤイロチョウやアカショウビンのさえずりも時折聞ける。尾の長いサンコウチョウにも稀に出会える。

他にこの山系では、次のような野鳥を観察することが出来る。

ミソサザイ、アオジ、クロジ、ホオジロ、ツグミ、ミヤマホオジロ、カシラダカ、オオジュリン、シロハラ、ヒヨドリ、ヤマドリ、キジ、キジバト、アオバト、メジロ、シジュウカラ、ジョウビタキ、コゲラ、アオゲラ、エナガ、ルリビタキ、ホトトギス、ツツドリなど。

猛禽類としては、ハヤブサ、ノスリ、ハイタカ、トビなど。

人里近くでは、カササギ、キセキレイ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、モズ、カワラヒワなど

水辺の鳥としては、カワセミ、オシドリ、マガモ、カイツブリ、カワウ、ゴイサギ、アオサギ、ダイサギ、コサギなどを見かける。


           

カワセミ(H17.1.2.)         コゲラ(H17.2.26.)       ツグミ(H17.3.26.)

              

ミヤマホオジロ(H17.1.23.) ルリビタキ(H17.2.27.)        ジョウビタキ(H17.2.24.) 


          

シジュウカラ(H16.12.19.)     アオジ(H17.1.23.)    シロハラ(H17.1.23.)

<蝶・トンボ>

 私が出会ったうちで、名前のわかる範囲で記す。蝶では、イシガケチョウ、ムラサキシジミ、ゴイシシジミ、ヤマトシジミ、アサギマダラ、アゲハチョウの仲間など。

植物に関して

<野草、樹木、シダ>

黒髪山系には実に様々な植物が自生する。総数では1,000種を超えると言われる。詳細は本文に譲るとして、一応の概略を記す。

草本では、日本固有であるクロカミラン、クロカミシライトソウ、ヤツガシラ、またヒレフリカラマツ、ツクシトウキはこの山系を代表する。希少種では、ハナゼキショウ、タキユリ、ニシノハマカンゾウ、カンザシギボウシ、ウンゼンマンネングサ、セッコク、ムカゴトンボ、ジガバチソウ、キエビネ、ヒナラン、マメヅタラン、ダイモンジソウなど枚挙にいとまがない。

木本では、北方系のチョウセンニワフジや南方系のボロボロノキ、ミサオノキ、ヤマヒハツ、リュキュウマメガキ。海岸性のハイビャクシン、ハマセンダン、高山性のミヤマビャクシン、ツガ。あるいは石灰岩質を好むと思われるイブキジャコウソウ、イブキシモツケなど。さらにはソハヤキ要素を持つバイカアマチャ、ツクシシャクナゲ、ミヤマトベラ、希少種のガンピなどがこの山系を代表する。ウバメガシ、ツクシイバラ、ツゲなども特筆できる。

シダでは、黒髪山を全国的に有名にしているカネコシダをはじめ、マツバラン、ヒノキシダ、コガネシダ、サイゴクホングウシダ、ヒメハシゴシタ、ナチクジャク、イヌナチクジャク、マンネンスギ、シナミズニラなどの希少種も多い。

この山系の植物の豊かさの理由は定かではないが、大部分が国有林でありながら、急峻な岩山であったため植林の難しさがあったこと、地場産業の陶磁器業の原材料である陶石の採掘場として広く保護されたことや黒髪山が信仰の山であったことで人の手が入りにくかったことなどが想像される。また、低山であるがゆえに、かえって南方系の植物なども多く残存したものと推測される。

さらに地質的にも、石灰岩を多く含む堆積層を巻き込んだ複雑な火山活動があったことにより、多様な地質環境や独特の植物を育む生育環境が出来上がったものと思われる。ただ詳細は今後の研究を待ちたい。

<キノコ>

  黒髪山系は、キノコの種類の豊富なことでも知られている。食べられるキノコとしては、ナラタケ、キクラゲ、タマゴタケ、ヌメリツバタケ、マンネンタケ、サルノコシカケなどを多く見かける。珍しいものとしては、ウスキキヌガサタケ、エノキタケなどもある。食べられないキノコでは、テングタケの仲間を含めて、おびただしい。猛毒のものも多く、キノコを食べる際には慎重な対応が望まれる。

             

ウスキキヌガサタケ(.龍門)   タマゴタケ(龍門)    エノキタケ(黒岳)

<変形菌>

  ムラサキホコリも林床に見られる。

伝説に関して

黒髪山大蛇伝

概要

黒髪山には有名な大蛇伝説がある。この地方では知らぬもののない伝説である。この伝説は平安時代末期に保元の乱の敗将として名高い源為朝が、黒髪山に棲み着き悪さを重ねる大蛇を退治するという話である。これをもとに、近松門左衛門は浄瑠璃の草稿「黒髪蛇退治」を著したといわれる。黒髪山大蛇伝説は、一般的には史実とは見ず、単に虚構と考えられている。

内容

 11649月、有田郷の白川の池に大蛇がすみ、ふもとの人たちをおびやかし田畑を荒らして暴れまわっていた。里人たちの訴えで、領主・後藤高宗は退治に出かけたが、大蛇は現れなかった。その頃近くに来ていた鎮西八郎為朝(源為朝)が、朝廷の命で、大蛇退治に加わることとなった。女性を「いけにえ」として差し出すこととなり、万寿姫という娘が申し出たので、領主高宗は御家再興を約束した。

 白川の池のほとりに万寿姫が美しく着飾って座ると、まもなく水面に大波が立ち大蛇が現れた。姫に襲いかかる大蛇に為朝が八人張りの強弓から放った大鏑矢が右目を射貫き、高宗が三人張りの弓で放った矢が眉間を貫いた。大蛇は軍勢に追われてのたうちまわりながら、竜門の岩屋に向かって必死に逃げたが、力つきて竜門の谷底へと落ちていった。そこを行慈坊(山内町では海正坊)という盲僧が短刀で大蛇にとどめを刺した。その後、万寿姫の願いどおり家は再興され、姫は良縁を得たといわれる。

 この伝説に因んだ地名が、今でも各地に残っている。

雄岩、雌岩伝説

 黒髪山のふもと、木場村の庄屋清助の一人娘・お君とその村にやって来たキリシタンの新三郎という青年との悲しい恋物語が、雄岩雌岩には今も残されている。大晦日の夜にはこの二人のすすり泣きが、雄岩雌岩の間に響きわたるという。 この伝説をもとに、毎年12.30.に雄岩・雌岩のライトアップの記念イベントが行われている。

雄岩・雌岩のライトアップ


ホームに戻る       本書の内容に戻る